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「DV・モラハラは治らない」という通説はもう古いのではないでしょうか?

注意喚起
注意喚起
悪質なDV加害者プログラムの一部が名前『だけ』を変えて、名ばかりの「修復支援」や「ソーシャルプラットフォーム」の立ち上げを行っていると聞きました。
女性にも二次被害が出ておりますので どうかお気をつけ下さい

勿論「DV加害者プログラム」そのものについても十分にお気をつけください。
実態についてこちらにまとめてあります。

「DV・モラハラは治らない」という通説はもう古いのではないでしょうか?お久しぶりのブログ更新です。
本当に、ここ一ヶ月は仕事やその他諸々忙しく…
全然ブログを書く時間がありませんでした。

10月に参加したワークについても書きたかったのですが
なんとか10月中に書ければいいなぁ…(苦笑)

今回は、これまでブログを書いたり
様々なDVに関わる当事者さん達と触れ合ってきて、気づいた事などを書いてみようと思います。

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「DVは治らない」?

女性が行政や女性団体に相談をして、まず言われる言葉が
DVは治らない」というような事だそうです。

私も、妻には「DVは治らない」って相談員も言ってる!
ネットにも書いてある!
という様な事を言われたものです。

行政に関しては「DVは治らない」と言っているにも関わらず
女性団体系のDV加害者プログラムと連携をしていたり…
といった矛盾点がまずあるのですが。

ネットの方は確かに「DVやモラハラはその人の生まれついての性質なので治らない」
という様な事を書いてある「専門家」という人のページを見かけます。

”基本的には治るものではない、治ったとしても極々珍しい例”

なんて書かれていますが、はてさて…

治るという問題とは違うのではないか

常々私は「治る・治らない」という病気のような問題ではないと言っています。
このあたりについては、別記事にも書いてありますので、そこも読んで頂ければ幸いです。

そもそもDVやモラハラ等の暴力・攻撃は
相手を打ち負かして、征服欲に酔っていい気分になろう、という動機とは違う気がします。

具体的に言うと、過剰な防衛行動だと思っています。
自己肯定感が充分に育っていない、そういった体験をしてきた人が
弱い自我を守るために、誰かに責められた時や…責められるんじゃないかと察知したときに

責められる位なら自分から…と行ってしまうというパターンが多いと感じています。

だったらどうすれば改善するの?

簡単な話です。

「DV・モラハラをしなくても良い」と感じとり、自己肯定感を身に付ければ良いんじゃないかと思っています。

つまり、DV・モラハラを「した」側に、安心感が必要なんですよね。
加害者の癖に!安心感なんで何事だ!なんて声もあるかもしれませんが。

いわゆる加害者に、責めや圧迫というのは完全に逆効果でしかありえません。
なぜって、加害者は追い詰められてDVやモラハラに至るのですから。

このあたりは、ここ1年近く加害者プログラムとは別の、脱暴力ワークで得た安心が大きいと思っています。

安心感を得た私は勿論のこと、プログラムで一緒だった加害者男性が
今は夫婦でお互いに笑顔でワークに参加されているのを近くで見ています。

「DVをしてはいけない。DVをする人の性質とはこう…。あなたは駄目な人間です」
と、プログラムの女性講師に言われるよりも
「あなたは、DVなんてしなくてもあなた自身は大丈夫だからね。認めるよ」
という安心を得たほうがずっと良いんですよね。

「治らない」という団体や人たちの間違った方法

世間では「治らない」と言われているにも関わらず
DV加害者更生プログラム等があるのは、何故か。

プログラムの主催者には治したい・改善したいとの動機はあるのでしょうか。
後ろで弁護士とつながっていて、離婚ビジネスを形成してる…なんて話もありますし
実際にそういったものに近い体験もしてきたので、そのあたりの話はよく判ります。

そういう悪意や、男性嫌悪の発露なんていうものも勿論あるのでしょうけども
全員が全員そうだとは言い切れません。

中には、正義感に燃えて?
女性団体が作ったマニュアルにそって、ひたすら加害者を攻撃する。
という方も見たことがあります。

ただ、このやり方って加害者をなおのこと刺激して
尚更危険な加害者に育ててしまうことの方が多いんですよね。

人も動物も、追い詰められれば凶暴になります。
そのあたり、どうも分かっておられないようですが…

もはや、古いやり方となっている女性団体系プログラム

それなりの年数、このやり方は続けられて来たという事なので
やり方そのものに自負はあるのかもしれませんが

既に、この考え方・やり方は古いものになってしまっている感覚が拭えません。

「治らない」にしてもそうなんですよね。
改善の方法は、常に変わって行き、新しい改善方法なんてものは次々生み出されていくものだと思っています。
間違ったやり方・失敗も何度も重ねて、ようやく新しい・有効な物は生まれてくるものだと思っています。

でないと、病気の話になってしまいますが、結核なんて未だに不治の病ですよ。

つまり、女性団体系プログラムや行政のやり方というのは
ここ10数年変わっておらず、新しい研究はなされていないのですよね。

そんな中で、私が通っているカウンセリングやワークは
行政や女性団体系には煙たがられている様ですが、確実に新しい改善の方法として
少しずつ広まってはいる手応えを感じます。

古いもの…といいますか、停滞してしまっている、女性団体系プログラムは、そろそろ淘汰されて行きそうな気もしています。

DVは なおる

2016年2月に、このような書籍が発売されました。

ワークでいつもお世話になっている味さんの書籍です。
読めば読むほど「なるほど」と思わされます。

DV・暴力が無くなっていくという支援やその実際の所等
とてもわかりやすく書かれていますので、是非ご一読を

コメント

  1. シン より:

    この記事を読み、とても納得したと同時にとても安心しました。同じ考え方の人がいた…、私の考え方は共依存からくるものではないと。

    DV加害者に必要なのは、罪に対する罰でも、強制的な価値観の押し付けでもない…ただ、安心して自己肯定感を持って前向きに歩んで欲しい…。

    DV加害者に安心してもらうには、どのような言葉かけをすべきでしょうか?安心してもらおうと投げ掛けた言葉の何かに傷付き、再び攻撃される…この繰り返しなのです。。。

    • 学ぶ人 より:

      >シン様
      お久しぶりです。コメントありがとうございます。
      そう、安心と自己肯定感が必要なんですよね…。

      >安心してもらおうと投げ掛けた言葉の何かに傷付き、再び攻撃される…
      優しい言葉にすら、警戒してしまっているんですね…
      これも「誰が」「どんな」言葉をかけるかで違ってくるかもしれません。
      非常に難しい問題かとは思います

  2. テコ より:

    はじめまして。
    このブログを見付け読ませて頂きました。

    私は被害者側になるのですが、
    DVは治らないものというのはどうなのか…とずっと思っていました。
    公には証明もされていないし、
    何の根拠があるんだろうとどうしても思ってしまい、
    DV加害者に対しては、
    人権や人間性を無視してると思います。

    とても辛くて寂しい想いを多々しましたが、
    それをせざる負えない相手の傷も感じてはいたので「絶対に治らない」と言い切ってしまう事には違和感を感じます。

    相手にも今後自分を知る事を学んで欲しいと思う反面、
    私自身も自分を知りたいと感じています。

    加害者と被害者が共に話し合える場はとても興味を持てました。

    • 学ぶ人 より:

      >テコ様
      ブログを読んで頂き、コメントも頂きありがとうございます。

      被害者になるのですね…しんどかったであろうこと、お察し申し上げます。

      「DV」というレッテルを張ることで考えるのを止めている方が多いのですよね。
      加害者も被害者もなく、関わる人全てが「当事者」として考えて行くことが
      改善・解決に繋がるのではないかなと思っています。

      治らない!で片付けてしまうのが実は一番暴力的なのではないか、と最近思っています。

      加害者と被害者が話し合える場については、メールさせていただきますね。

  3. なつ より:

    これってつまりは「治らない」ではなく
    妻には「治せない」ことの主張ですよね?
    自己肯定感とか言ってますが、
    モラハラを受けた妻が黙ってうなづいていれば自己肯定感は満たされますよね。
    それでもまだ続けるってことは、
    妻ごときをいくら罵倒しても満足出来ず、
    家庭以外の場所で自己肯定できるようにならなければならない、と。
    そんな主張は家庭とう場所で密につながる妻にとっては全く無意味な話。
    お母さんのおっぱいでも吸わせてもらえばいいんじゃない?

    • 学ぶ人 より:

      >なつ様
      はじめまして。コメント頂きありがとうございます。

      >これってつまりは「治らない」ではなく
      >妻には「治せない」ことの主張ですよね?
      そんな事は言ってないですねぇ~
      そもそも、妻が治さなければいけない理由は無いと思いますよ~
      治れば、それがどこでも良いんじゃないでしょうか(笑)

      >自己肯定感とか言ってますが、
      >モラハラを受けた妻が黙ってうなづいていれば自己肯定感は満たされますよね。
      満たされないですねぇ~
      自己肯定が出来るようになれば、モラハラをしなくても済む…という事になるんです~

      >それでもまだ続けるってことは、
      >妻ごときをいくら罵倒しても満足出来ず、
      >家庭以外の場所で自己肯定できるようにならなければならない、と。
      罵倒して満足できることは無いのですよ。
      自己肯定とは、家庭でもそれ意外の場所でも関係なく出来るものですよ
      家庭意外で自己肯定できれば、家庭でも自己肯定出来ている事になるかと思います~

      >そんな主張は家庭とう場所で密につながる妻にとっては全く無意味な話。
      自己肯定は他所で出来たら家庭でも自己肯定できる事につながりますので、意味は大きくありますよ~

      >お母さんのおっぱいでも吸わせてもらえばいいんじゃない?
      ははは…それはそれで素敵ですね~(笑)

      • なつさんに同意 より:

        被害者側がどれほどの心の傷を受けているか。。
        記事からはまったく配慮が感じられません。
        結局、自分さえよければいいんですよね。
        読んでてただただ不快になりました。

        • 学ぶ人 より:

          あらら…それはごめんなさい。今後気をつけますね。
          被害者さんの傷も癒えることを私はただ祈るのみです。

          • ds より:

            はじめまして。
            こちらの記事は私にとって大変励みになるものでした。
            私は加害してしまった側ですが、心を救われました。
            パートナーへの気持ちと。これから生まれる子供に手を挙げたくない…だから変わらないと、と思い迷走している日々です。
            ただ、非常に残念だったのが、なつさんの反対意見に対して、語尾に〜をつけたり笑をつけたり小馬鹿にしたように取れる返信をなされたことです。

            学ぶ人さんの記事は、我々加害してしまった側の人間の心の拠り所です。
            私もDVなんかしたくなかった…!!だから何としても自分を変えたいんです。
            是非、一言一句に慎重な配慮をお願いいたします。
            切なるお願いです…。

          • 学ぶ人 より:

            >ds さま
            >はじめまして。
            >こちらの記事は私にとって大変励みになるものでした。
            >私は加害してしまった側ですが、心を救われました。
            はじめまして。ブログを読んでくださり、コメントもありがとうございます。
            励みになったとのこと、大変うれしく思います。

            >ただ、非常に残念だったのが、なつさんの反対意見に対して、語尾に〜をつけたり笑をつけたり小馬鹿にしたように取れる返信をなされたことです。
            本意としては、他のコメントで書いているとおり、場の雰囲気を少しでも和らげようとしたので、小馬鹿にするような意図はありませんでした。
            受け取り方によっては、馬鹿にされたと感じるのかなあという事もあるのかもしれませんが、残念ながら受け取り方にまでは責任をもてませんので、受け取る側の問題と割りきってしまっています。

            というのは、加害性を持つ方の1つの特徴として
            「馬鹿にされた!」というのがよくありまして…
            善意の言葉に対しても、自分が馬鹿にされたように感じ、相手を攻撃してしまう…というのはよく見られる一面なんですよね。

            勿論、受け取り方・認知を変えていけば馬鹿にされたと感じることなく心地よいコミュニケーションが取れるようになるのですが
            そう考えると、中々「完璧」なコメント返しというのは難しくなってしまいます。

            気をつけて完璧を目指そうとすると、それはそれで自分にストレスがかかってしまいますし、ストレスを溜めると「爆発」してしまう事もあるかもしれません。

            私はまたそうなりたくは無いので、自分の問題と相手の受け取りの問題は可能な限り切り分けて考えて、楽に生きたいのです。

            dsさんの、DVなんかしたくなかった!というお気持ち、凄くわかります。
            少しでも楽に生きる事が脱暴力への道筋だと思いますので、どうか、楽になって生きやすさを獲得し、自分を上手く変えていければと願ってやみません。

            良き方向に行かれることをお祈りしております。

  4. 通りすがり より:

    はじめまして、記事の以下の部分が気になりました。

    >そもそもDVやモラハラ等の暴力・攻撃は
    相手を打ち負かして、征服欲に酔っていい気分になろう、という動機とは違う気がします。

    具体的に言うと、過剰な防衛行動だと思っています。
    自己肯定感が充分に育っていない、そういった体験をしてきた人が
    弱い自我を守るために、誰かに責められた時や…責められるんじゃないかと察知したときに

    責められる位なら自分から…と行ってしまうというパターンが多いと感じています。

    私はこの逆のパターンもあると思っています。
    自己肯定感が育っていないからこそ、他者からの肯定や賞賛、または勝利を求める。
    その結果征服欲が過剰になり、間接的に他者からの肯定をもぎとるためにDVを行う。

    しかし、DVによって得られる肯定感は仮初めのものであるため結果的に満たされない。
    さらに言えば、社会から批判されるような形で得ている肯定感なので虚しさを感じて、より一層自己否定をしてしまい、俗にいうハネムーン期とDV期を繰り返してしまう。

    こういうパターンもあるのかなと思っています。

    そして、なつさんに対する返信のコメントにゾッとしました。

    この記事に対して共感している他の方への返信は丁寧に感じられるのですが、
    なつさんの疑問や反論が書かれているようなコメントに「〜」や「(笑)」といった言葉が書かれて煽りのように感じられます。

    なつさんに対して優しく威圧するようなコメントを見て、モラハラは治らないというのはこういうことなのかなと逆に思わされました。

    • 学ぶ人 より:

      >通りすがり 様
      はじめまして。コメントありがとうございます。

      >私はこの逆のパターンもあると思っています。
      >自己肯定感が育っていないからこそ、他者からの肯定や賞賛、または勝利を求める。
      >その結果征服欲が過剰になり、間接的に他者からの肯定をもぎとるためにDVを行う。
      そうですね。仰るとおり、これも自己肯定感の欠如からの自己防衛行動の一面ですね。
      本来、DVなんてしなくても良いのにパワーコントロールを選んでしまうのは勿体無いと思います。

      >しかし、DVによって得られる肯定感は仮初めのものであるため結果的に満たされない。
      >さらに言えば、社会から批判されるような形で得ている肯定感なので虚しさを感じて、より一層自己否定をしてしまい、俗にいうハネムーン期とDV期を繰り返してしまう。
      はい。だからこそ、自己肯定感と安心が必要なのかなと感じます。

      >そして、なつさんに対する返信のコメントにゾッとしました。
      >この記事に対して共感している他の方への返信は丁寧に感じられるのですが、
      >なつさんの疑問や反論が書かれているようなコメントに「〜」や「(笑)」といった言葉が書かれて煽りのように感じられます。
      なるほど、あなたは「~」や「(笑)」という言葉を煽りと受け取られたのですね。
      私としては、なつ様のコメントを「攻撃的だな」と受け取りましたので、自分なりに場を和らげようとしてみたんです。

      攻撃的に反論したいという感情が無くも無かったのですが、まずは相手の言うことを受け入れて、アサーティブに自分の考えを述べる。
      それがコミュニケーションが円滑になる事と学んでいます。

      文章の受け取り方は、それぞれの生育やトラウマによって刺激される部分は人それぞれ違いますので
      そういう受け取り方もあるのだな~と、大変学びになりました。ありがとうございます。

      • 通りすがり より:

        コメントへのご返信ありがとうございます

        >私としては、なつ様のコメントを「攻撃的だな」と受け取りましたので、自分なりに>場を和らげようとしてみたんです。
        たしかになつさんのコメントは攻撃的ですよね。
        なるほど。
        〜や(笑)を使われたのは場を和らげるためだったのですね。分かりました。
        最後の2行の文撤回させてください。誤解していました。申し訳ありません。

        >攻撃的に反論したいという感情が無くも無かったのですが、まずは相手の言うことを>受け入れて、アサーティブに自分の考えを述べる。
        >それがコミュニケーションが円滑になる事と学んでいます。
        ブログ主さん自身は相手の言うことを受け入れていたのかもしれませんが、返信コメントの中に相手の方の言い分に耳を傾けているような表現がありませんし、なつさんの話の論点をすりかえて自分のフィールドに持っていっているように見えます。
        すみませんが、煽りのようだと判断したのはこの点にあると思います。

        >文章の受け取り方は、それぞれの生育やトラウマによって刺激される部分は人それぞ>れ違いますので
        >そういう受け取り方もあるのだな~と、大変学びになりました。ありがとうございま>す。
        そうですね。
        私自身が真剣な話をしているときに語尾を伸ばしたり笑われながら返事をされると、「話を適当に聞いて馬鹿にしてるんだな、この人は」というように感じてしまいますので、それがなつさんへのコメントと重なったのだと思います。
        そして、攻撃性が過剰防衛からくると主張しているブログ主さんが、なつさんへの攻撃的なコメントを否定・批判しているのを見て悲しかったのだとも思います。

        わがままを言うなら、なつさんがどんな背景を抱えてこの攻撃的なコメントをされたのかを想像してご返信していただきたかった。

        勝手ながら以下がわたしの想像となります。
        ・なつさんはご自身でモラハラを治したいと思われている。
        ・自己肯定感をもってもらうためになんらかの努力をされているが、傷ついている。
        ・家庭という密接な関係性のなかでどのように自己肯定感をもってもらったらいいのか苦悩したり、ご自身なりに努力したりされている。

        もし、なつさんのコメント内容を受け入れてアサーティブな会話をしたいと願われているのならば、以上のような考えうる背景に対してのアドバイスやブログ主さんの実体験や気持ちなりをコメントされたらよかったのではないかなと思っています。

        求められてもいない中で私の勝手なアドバイス失礼致しました。
        ここまで読んでくださってありがとうございます。
        そして、再度、コメントへのご返信ありがとうございました。

  5. キキョウ より:

    はじめまして。
    検索よりこのブログ記事を見つけ、このブログをすみずみ読ませて頂きました。

    「DVもモラハラも治らないなんて古い考え」
    という根拠に納得できました。

    私も被害者という位置にいるのですが
    DVは治らない、モラハラは治らないから別れなさい!という周りや相談員の言葉にはずっと疑問を抱えていました。

    私も被害者でありながら加害者性はあるだろうと思うし
    夫も加害者でありながら被害者性がある。。

    みんな当事者なんだなというのがスッと胸におちました。

    被害者と加害者が一緒に参加して回復できるカウンセリングというのに興味があります。
    是非教えて頂ければ嬉しいです。